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1839年 誕生〜幼少時代

高杉 晋作は、天保10年8月20日(1839年9月27日)、長門国萩城下の菊屋横丁(現・山口県萩市南古萩町)で、生まれました。父親は、高杉小忠太、母親は、道(みち)といいました。のちに、武(たけ)、栄(はえ)、光(みつ)という三人の妹が誕生しましたが、長男である晋作は、高杉家のあと取りとして、大事に育てられていきました。
高杉家は、戦国時代より毛利家に仕えてきた、長州藩の名家です。祖父・又兵衛、父・小忠太も、長州藩の重要な職を歴任してきました。晋作は、高杉家の家柄に関して、高い誇りを持っていたようです。そのため、晋作にとって、父、小忠太は生涯、頭が上がらない存在でした。
8歳になると、萩でも評判だった寺小屋「吉松塾」に入りました。ここで高杉晋作は、生涯のライバルであり親友でもあった、久坂玄瑞と出会うことになります。久坂玄瑞は晋作よりも一歳年下でしたが、成績は優秀で、その秀才ぶりは他の塾生からも認められていました。勉強嫌いの高杉晋作とは比べものになりませんでした。
14歳のときに、長州藩士の子供たちのための学校である、明倫館に入学しました。高杉家の跡取りとして将来を期待されていた晋作は、ここで一人前の武士になるための教育を受ける必要がありました。けれども明倫館での勉強は、昔ながらの進歩のない学問ばかりでした。そのため、高杉晋作は勉強はあまりせず、剣術ばかりに打ち込んでいました。

高杉晋作誕生地高杉晋作誕生地(萩市南古萩町23)

菊屋横丁菊屋横丁(萩市南古萩町〜春若町)

円政寺高杉晋作が幼少のころよく遊んだ円政寺(萩市南古萩町6)

藩校明倫館明倫館南門(萩市江向602番地)

 

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